ワタシはいずれこの『M病院物語』を小説化し、製本化して「読ませたい人に送り付ける」、もしくは小説サイトに投稿・電子書籍化して人目に触れさせる。

そんな野望を抱いていますが(笑)。それを躊躇させるものがあります。

それはストーリーに登場する実在の人物、その人たちから名誉棄損で訴えられるから・・・というのが理由ではありません。


ワタシは母が亡くなったあと・・・お金や家のこと、そして犬までいるのですぐにというワケにはいきませんが。

今住んでいるこの家を、いずれ出て行くつもりでおります。

引っ越しではなく、さすらいの旅です。これでは住所を特定出来ません。

もちろん住所不定の人間を訴えることは可能ですが。もしワタシが裁判で負けたとして、住所が特定出来ない被告人からどうやって賠償金を回収しますかね?


実際に告訴されそうになった場合、海外に移住するという方法もあります。
ヨソの国に住んでいる人間を告訴すること、結構大変なのです。

日本での判決が効力を発揮しない国もあります。そして賠償請求に関しては時効があります。

どんな判決が出ようと、その国で時効を迎える日まで過ごせば、ワタシはびた一文も払わなくて済むワケです。

逆に訴える方は、それこそ海外にいる人間を告訴すること、弁護士に頼まないと無理でしょうから。

普通の裁判手続きと違うんでね。結構な金額、掛かるみたいです。で、回収は出来ない、っと(笑)。


・・・そもそもワタシが今まで書いてきた内容、そしてこれから書くこと、全て噓偽りのない真実なのです。

たとえ事実を書いただけでも、内容によっては名誉棄損になります。裁判で負ける可能性、十分にあります。

けれども事実は事実なのですから。賠償金の額に関してはこの辺、考慮してもらえるんじゃないですかね。



ならば『M病院物語』の書籍化を躊躇させるものとは一体何ぞや?

それは他でもない『M病院』に迷惑がかかるのではないか? という懸念です。

・・・そしてその最たるものが、今回のN本の件。基準では2.5人と決められているのに、実質ワタシとブーカのふたりしか在籍していなかった、ということ。


デイケア2番目の看護婦が辞めたあと、デイのスタッフはワタシひとりになりました。しかしワタシひとりで働いてたワケではありません。

登録上はどうしてたのかは知りませんが、そのときになって初めて病棟がデイに協力してくれるようになったのです。

そして当時のワタシは一介のデイスタッフでしかありません。ワタシがひとりでやってました、だのなんだの。何を言っても説得力がないのです。


しかし今度は違います。真逆です。

訪問介護、一応N本をスタッフとして登録していたみたいですが、実際には訪問の仕事はしていないのです。

そう、事実上はふたり。つまり

施設基準を満たしていないのです。


そんなごまかし、どこでもやってることかもしれません。しかしワタシが『M病院物語』を書籍化し、この件が公(おおや)けにでもなれば。

話は違ってきます。

なぜならワタが訪問介護事業所の所長だったから。所長自らが不正を告発するのです。これは説得力があります。

刑事・民事、共に時効があります。しかしこの件は厚生局の処分の問題です。
いつまで遡った事案が処分の対象になるのか? ワタシはわかりません。

ご存知の通り訪問事業所は短命に終わりました。既に存在していない以上、今さら処分も何もないだろう。そう思われるのが普通です。

ワタシが気にかけてるのは、その母体の『M病院』です。


かつてM病院内にあった訪問事業所が、施設基準を満たさないまま運営していた。それで国から介護給付費を徴収していた。

たとえ過去のこととはいえ、介護保険関連で不正があったようなところには、介護保険事業の運営を認めるワケにはいかない。もしくは介護保険給付費の請求に応じるワケにはいかない。

大袈裟かもしれませんが、厚生局や国保連にそのように判断された場合・・・まず無事でいられないのはデイケアでしょう。

デイケアは訪問とは違い、お金が掛かっています。旧デイ施設、現デイ施設・・・どちらも銀行からお金を借りて建設しているはずです。

今現在、ローンを完済しているかどうかはワタシは知る由もありません。しかしそこまでお金を掛けたデイケアが、運営出来なくなったらどうなるか。

・・・それも面白いかもしれませんね。ワタシが創立メンバーだったデイケア。ワタシが所長だった訪問介護事業所。どちらも消えてなくなる。

嫌な思い出と共に。 スッキリしていいかも。


・・・長々とツマらん話読ませてすいませんね。ワタシも疲れてきました。


もういいや。後のことは後で考えよう。


次回はこのとき病院はどうするべきだったかについて。済んだことをいろいろ言ってもしょうがないのですが。反省から教訓を得たいという思いです。