ワタシがM病院に就職してから、どれくらい経ったころでしょう。

まだ試用期間中だった、ということだけは確かです。

・・・飼っていた犬が死んでしまいまして。

悲しかったですね。自分が中学生のときに飼い始めた犬で。

長生きしたほうですけど、その分、情愛もありましたし。


そのことが仕事に影響を及ぼして。

そうでなくても大変だったんです。当時はまだ、リハビリの日数制限がない時代でしたから。

若い外来患者は、入っている保険の期間が切れたら来なくなりますが、年寄りは際限なくやってきます。

外来患者が多すぎて、入院患者のリハビリが終わらず。それこそ患者の就寝時間まで掛かったこともありました。

それだけ多くの患者を捌きながら、仕事を覚えなくてはならなかったのです。


・・・大変だった要素、他にもあるのですが。割愛します。


とにかく、そんな状況の中でのペットの死ですから。

本当にきつかったです。精神的に。それで仕事に集中出来なくなってしまって。

大きなミスこそなかったものの、随分周りに迷惑をかけていました。E島先生にもよく怒られてました。


前述したとおり、そのとき自分は試用期間中でしたから。

正直・・・もうダメかも、と。

この職場とは、きっと縁がなかったのだ。そんなふうに感じてました。


そんなある日のことです。リハビリを終えた高齢の患者を病室まで送り、戻ってきたところ。

リハビリ室に入ろうとした、まさにそのときです。室内から話し声が聞こえてきました。

「ねぇ、あの新しく入ってきた人、ドン臭いと思わん? 辞めさせたほうがいいんやない??」

交通事故で入院していた、口の悪いオバサン患者でした。


ワタシは思わず、室内から見えない位置に身を潜めました。そんなこと言われている最中に、中に入って行く勇気は流石にありません。

いたたまれない気持ちでした。

「もうこのまま帰っちゃおうかな? そのまま辞めようかな?」 

そんな思いも、脳裏を過りました。


・・・しかしその矢先。E島先生の声が聞こえてきたのです。

「彼の前職は、病棟での介護の仕事。ここでは今までやったことない、慣れない仕事をしている。

辛そうにだけどがんばっている。だからもうちょっと長い目で見てあげて。」

ワタシが辛そうにしてたのは、犬が死んだからですが。それは兎も角として。

このときE島先生は、ワタシのいないところでワタシのことを庇ってくださったのです。

次回に続きます。