これからのお話、あなたが読んで。

それであなたが不快な気持ちになったとしても、それはそれで仕方がないこと。

ワタシはそう思っております。

しかし、何度も申し上げておりますように。

ワタシはあなたを不快な気持ちにさせるために、過去のことを蒸し返してるワケではないのです。


真実をお話ししたい。それに尽きます。


そしてその真実というのは、実際に起こった事柄だけではなく。

当時の自分の心境、振り返って今思うこと。自分自身の正直な気持ちも含まれます。

今回から次回ぐらいまで、ワタシの心情を中心に綴らせていただきます。


デイケアでの兼務の依頼、あなたからその電話を受けたとき。ワタシの脳裏をよぎったのは・・・

いや、そのとき脳裏をよぎったというより、ずっと自分の中にあったというのが正しいでしょう。

それは・・・Y島さんのことです。


Y島さんについては『デイケア誕生編』で書いております。

しかし随分、昔の記事ですので。あなたがそれを読んでいたとしても、もう忘れてるかもしれません。


Y島さんはM病院デイケアの初代看護婦です。

ワタシは十数年、M病院で働き。その間、いろんな人と関わり合いました。

その中でY島さんは、リハビリのE島主任やws主任と同様、いわゆる信用・信頼出来る人物のひとりでした。


Y島さんとはデイケアの準備段階から、共に尽力してきました。

「この人と一緒にやれば必ず上手くいく。絶対いいデイケアになる。」

ワタシはそう信じていました。


しかしY島さんは・・・辞めてしまいます。


Y島さんの負担になった業務のひとつに、パソコンの入力作業があります。

Y島さん、M病院とは夕方4時か5時までの勤務契約を結んでおりました。

保育園に子供を預けており、その子をその時間に迎えに行かなければならなかったのです。

しかしY島さん、慣れないパソコン作業に手間取り。その時間に帰ること、難しかったようです。


そんな仕事、それこそワタシがやればいいんです。実際、「自分がやる」と申し出たんです。

けれどもそのころ、Ⅰ病院の医療費不正請求事件があって。

それで院長先生、レセプト関係に少しナーバスになっていたのかもしれません。

「電子カルテのようなものだから、医療の資格を持ってない職員が入力作業をしてはいけない」

という理由で。ワタシはパソコン業務、やらせてもらえなかったのです。

結局Y島さん、退職するまで4時5時で帰れない日、続いておりました。

そのこともY島の辞めた要因。ワタシはそう思っています。


「やめる」という旨をワタシに伝えたとき。

Y島さんは、ワタシの前で泣きました。

「ごめん」とも言いました。Y島さん、何も悪くないのに。

そしてワタシはそのとき・・・何も言えませんでした。


ビジンダーさん。

ワタシはもう2度とあんな思い、したくなかったですし。

それよりも何よりも

あなたにY島さんのような辛い思い、させたくなかったんです。

それがデイケアでの兼務、『断りたくなかった理由』です。


次回に続きます。次回は少し嫌なこと書かせていただきます。