次の話に進む前に、また余計な前置きというか。関連話、させていただきます。

といっても当時の話ではなく、1年と数カ月ほど前。母の葬儀が終わったあとの、ちょっとしたエピソード。

今回はその件と、その件に関する個人的な見解。書かせていただきます。


兄とふたり、帰りの車中でのこと。重い静寂の中、兄が語り掛けてきました。

「わかってたと思うけど・・・俺、親とは意識して距離を置いていたんだ。」

うん。それはわかっていたけれど。そのことに関しては自分にも、あんたに言ってやりたいことがある。

そう思いつつも、切り出せないでいました。


しばらくお互い、沈黙の状態が続いたあと。兄が呟くように言いました。

「ウチの母って・・・『察する』ということが、出来なかったよな・・・。」

うん。それは納得。この歳にして初めて、兄と意見が合ったような気がする。

母の遺骨を前にしてアレですが。これには頷く他ありませんでした。


『察する』というのは・・・説明の必要はないと思いますが。

AIで調べたところ「相手の事情や気持ちを推測し理解すること」らしいです。


で、ワタシの母なのですが。

推測はしてくれてるんでしょうけど、それが独りよがりというか。

しかもこっちが「違うんだけどな・・・」と思っていても気付いてくれない。

そういう、「相手の顔色を見て気付く」というのが出来ない人だったのです。


でもこれは・・・ワタシの母親に限らず、ではないかと。

確かに母、極端なくらいにそういう傾向がありました。

しかし思い返してみれば・・・今までの人生で自分が関わってきた人の中にも、そんなタイプの人間はたくさんいましたし。

ワタシだって人からそう思われてる可能性、ないとは言えません。


「I LOVE  YOU は、言わなければわからない」 という言葉があります。

どんなに想っていても言葉にしなければ、口にしなければ相手には伝わらない。

そういう意味合いの言葉です。

実際、そうなのかもしれません。

むしろ「言わんでもわかれ」「察しろ」という方が無理があるのでしょう。

けれども、言わなければならないことというのは大抵、言いにくいことでもあります。


次回の話は『疑心暗鬼』よりも、この『察する』ということがメインテーマとなります。

「雄弁は銀 沈黙は金」と言いますが。

あのころ、何も言わず黙っていたワタシは・・・結局、嫌な思いしかしませんでした。