デイケア施設新設・・・。
当初は病院駐車場裏の畑? を買い取って、そこ一面に建てるみたいな。そんな壮大な計画まであったようです。
結局は病院裏の、院長先生の旧家・・・今でいうシェアハウス風の女子寮になっていた一軒家を解体して、そこに病院と繋がるように建てることで落ち着きました。
しかしこの『デイケア新設』に意外な人物たちが異を唱えます。そのひとりが、事務長と懇意のはずのブタゴリラ婦長です。
当時の噂というか実際そうだったのですが、婦長は定年退職後に自らグループホームを経営する予定でした。その際、M病院から(グループホーム)入所に適したお年寄りを紹介してもらうつもりだったらしいのです。
もちろんグループホームとデイケアでは利用者のタイプも異なりますが、それでも入院しているお年寄りをM病院に引き留める施設:デイケアは、婦長にとって邪魔な存在だったのです。
そしてもうひとり、デイケア新設に反対する人物がいました。
院長の奥様、副院長です。
副院長の実家は老人ホームを経営していました。ですが婦長と違って、M病院のお年寄り患者が欲しいわけではありません。
「介護が必要なお年寄りは、実家の老人ホームに入ってもらえばいい。
なにも借金してまで
デイを建てる必要ないでしょう?」
・・・確かに。まだ介護保険制度が海のものかも山のものかもわからない時代。失敗すれば病院の経営は傾きます。
しかし院長は頑なでした。
「他の病院はどこも老人保健施設を始めようとしている。もしM病院の(通院・入院含む)高齢患者がその施設に入所したら、そっちの病院で診察を受けるようになるだろう。患者をとられてしまう。それは避けたい。」
院長であり理事長である院長の意見ですから。通らないワケがありません。
かくして、デイケア新設は決定事項となりました。そして創立メンバーに選ばれたのが病棟勤務の看護婦だったY島さんと、介護福祉士であるワタシだったのです。
実はワタシは、事務長から最初にデイの計画を聞いたそのときに「もしデイが出来たらそっちで~」と言われていたのです。だからすんなり部署の移動を受け入れられました。
しかしY島さんはその要請を1度断ります。
☆;+;。・゚・。;+;☆;+;。・゚・。;+;☆;+;。・゚・。;+;☆;+;。・゚・。;+;☆;+;。・゚・。;+;☆;+;。・゚・。;+;
こぼれ話
デイケアが新設された同じころに、機関紙『M風通信』の発行もスタートします。
ただ、当初は『M風通信』という名称は決まっておらず、デイケアの名称を含め職員全員からアンケートをとったのです。
部署名:
個人名:
デイケア名称:
機関紙名称:
こんな感じ。わざわざ選考委員まで組織されていました。
その選考委員のひとりがリハ室に来ました。
「部署名と個人名は絶対記入してください。
そして・・・なんでもいいですから。どんなんでもいいですから。デイケアと機関紙の名前、書いてください!! 全員参加と院長に言われてます!! 」
「なんでもいいって言われてもね・・・ホントになんでもいいの?」
「なんでもいいです!! 院長は見ませんから!! 好きに書いてください!!」
「そう・・・。」
で、ワタシが書いたのが
デイケア:ふたりの
愛蘭島(アイランド)
(愛蘭島の漢字はわざわざリハのPCで調べました)
機関紙:少年ジャンプ
「これでいい?」
「いいです。大丈夫です。院長は見ませんから。」
それから数日後。デイケアは普通に『M病院デイケア』・機関紙は『M風通信』に決まりました。ワタシの案は採用されませんでした。
ちなみに・・・全員のアンケートに目を通し、その上でこの名称を決めたのは
院長先生だったらしいです。
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当初は病院駐車場裏の畑? を買い取って、そこ一面に建てるみたいな。そんな壮大な計画まであったようです。
結局は病院裏の、院長先生の旧家・・・今でいうシェアハウス風の女子寮になっていた一軒家を解体して、そこに病院と繋がるように建てることで落ち着きました。
しかしこの『デイケア新設』に意外な人物たちが異を唱えます。そのひとりが、事務長と懇意のはずのブタゴリラ婦長です。
当時の噂というか実際そうだったのですが、婦長は定年退職後に自らグループホームを経営する予定でした。その際、M病院から(グループホーム)入所に適したお年寄りを紹介してもらうつもりだったらしいのです。
もちろんグループホームとデイケアでは利用者のタイプも異なりますが、それでも入院しているお年寄りをM病院に引き留める施設:デイケアは、婦長にとって邪魔な存在だったのです。
そしてもうひとり、デイケア新設に反対する人物がいました。
院長の奥様、副院長です。
副院長の実家は老人ホームを経営していました。ですが婦長と違って、M病院のお年寄り患者が欲しいわけではありません。
「介護が必要なお年寄りは、実家の老人ホームに入ってもらえばいい。
なにも借金してまで
デイを建てる必要ないでしょう?」
・・・確かに。まだ介護保険制度が海のものかも山のものかもわからない時代。失敗すれば病院の経営は傾きます。
しかし院長は頑なでした。
「他の病院はどこも老人保健施設を始めようとしている。もしM病院の(通院・入院含む)高齢患者がその施設に入所したら、そっちの病院で診察を受けるようになるだろう。患者をとられてしまう。それは避けたい。」
院長であり理事長である院長の意見ですから。通らないワケがありません。
かくして、デイケア新設は決定事項となりました。そして創立メンバーに選ばれたのが病棟勤務の看護婦だったY島さんと、介護福祉士であるワタシだったのです。
実はワタシは、事務長から最初にデイの計画を聞いたそのときに「もしデイが出来たらそっちで~」と言われていたのです。だからすんなり部署の移動を受け入れられました。
しかしY島さんはその要請を1度断ります。
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こぼれ話
デイケアが新設された同じころに、機関紙『M風通信』の発行もスタートします。
ただ、当初は『M風通信』という名称は決まっておらず、デイケアの名称を含め職員全員からアンケートをとったのです。
部署名:
個人名:
デイケア名称:
機関紙名称:
こんな感じ。わざわざ選考委員まで組織されていました。
その選考委員のひとりがリハ室に来ました。
「部署名と個人名は絶対記入してください。
そして・・・なんでもいいですから。どんなんでもいいですから。デイケアと機関紙の名前、書いてください!! 全員参加と院長に言われてます!! 」
「なんでもいいって言われてもね・・・ホントになんでもいいの?」
「なんでもいいです!! 院長は見ませんから!! 好きに書いてください!!」
「そう・・・。」
で、ワタシが書いたのが
デイケア:ふたりの
愛蘭島(アイランド)(愛蘭島の漢字はわざわざリハのPCで調べました)
機関紙:少年ジャンプ
「これでいい?」
「いいです。大丈夫です。院長は見ませんから。」
それから数日後。デイケアは普通に『M病院デイケア』・機関紙は『M風通信』に決まりました。ワタシの案は採用されませんでした。
ちなみに・・・全員のアンケートに目を通し、その上でこの名称を決めたのは
院長先生だったらしいです。
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